これまでの私にとっては何の役にも立たなかった天気予報。
会社を辞めてからというもの、気づけば時々チェックするようになっていました。
会社を辞めてもやっていることが変わっていないらしい
会社を辞めて、2年半ほど経過しました。
旦那に言われるのは、「働いていたときと、やっていることが全然変わってない」。
家にいるときにはほぼノートPCの前に座っているし、他は雑誌や本を読んだり、ゲームをしたり…。
外見の変化にしても、会社を辞めたからといって髪を青く染めたりすることもなく、ただ経過した年数分の年を取ったに過ぎません。
まぁ何か新しいことを始めたくて会社を辞めたわけではないので、こんなものかと思いますけど…。
そんなわけで、いまだに会社員でもできるようなことしかやっていないというのは、確かにその通り。
ですが、それはそれとして、何か他の習慣で大きく変わったことはないんだろうか…と考えていたら、最近ひとつ思い付きました。
天気予報を少し見るようになりました!
…って、めちゃめちゃスケールの小さな話でスミマセン…。
天気予報ってこれまでホント必要なかった
私、天気予報って、これまで気にしたことなかったんです。
学生時代は実家だったので、母親が今日は晴れだの雨だの暑いだの寒いだの言っていましたが、入社してひとり暮らしを始めてからは無知もいいところ。
朝から雨が降っていたとしても、実際に外に出て初めて「あぁ今日は雨なんだ…」と気付くような、そんな生活です。
世間話のひとつとして情報を仕入れておくなんていう意識もないので、職場の人の「今夜雨降るんでしょ?」や「明日台風来るらしいね」にも、ずっと「あ、そうなんですか?」と返してきました…。
私に天気予報が必要なかった理由をひと言で言うと、予報内容によって自分の行動が変わらないからです。
今からどんな天候になろうが、折りたたみ傘は常に持ち歩くし、
今からどんな天候になろうが、それによって服装を変更することはないし、
今からどんな天候になろうが、会社には行かなければなりません…。
もし雨が降ったら出勤しなくても済むのなら、連日祈る思いで天気予報を見ていたと思いますけどね。
残念ながら、そんな自由が許される立場の会社員ではなかったし、天候によって何らかの影響を受けるような業種・職種でもありませんでした。
暮らしとは、きっとこうあるべき
その点、現在は違います。
相変わらず折りたたみ傘は年中持ち歩いているし、服装も夏か冬かの2バージョンくらいしかありませんけど、会社には行かなくていい!
外出する予定を立てていたとしても、基本的に全て個人の自由行動。決してマストというわけではありません。
わざわざ雨の中出歩く必要なんてないので、できれば雨をよけて行動したいわけです。
で、天気予報ですよ。
スマホのホーム画面に天気のウィジェットを置くようになりまして、なるほど明日は雨ですか…とか、今から18分後に雨は止むんですね…なんてことを、チェックするようになりました。
便利ですね、天気予報って。18分後に雨が止むとか、今日日のアプリは情報が具体的ですごい!
天気について無知にもほどがあった私も、ちょっとだけ人並みレベルに近づけたような気がします。
天候を意識しながら生活するのって、なんだか人間の本来の姿という感じがしますよね。
まさに晴耕雨読。心穏やかに日々を過ごすには、雨の日に出社なんてするよりも、家で読書に勤しむ方がいいに決まってます。
今の私にはそれができるのだから、恵まれてるなぁと思いますね。
ああ、自由ってスバラシイ。
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